2008年7月アーカイブ
六ヶ所村から年間5万人分の致死量の放射能汚染物質が日本の空と海へ。
放射能汚染物質は推定で千葉県の房総半島付近まで流されてくるらしい。
プルトニウムは水に溶けづらく気泡の中に閉じ込められやすいため
サーファーの多くが白血病などの癌に侵される可能性が非常に高くなり、
海藻やそれを主食とするウニやアワビなどの海産物は非常に危険な食品になる。
職業難や経済安定性の悪い村の住民は、説得されて施設を受け入れた。
しかし、核処理施設は完全に放射能が消えるまでに100万年以上も必要
なのにモルタルやコンクリートなどの耐久寿命は50年程度しかない。
その間に地震の被害が起らないとも限らないのだ。
こんな恐ろしいものを稼働させて後には戻れない。
経済が人間の理性的な判断を狂わせる典型のような例だ。
という男性の話を今朝テレビで見た。執行猶予3年の有罪判決が出たらしい。
裁判員制度が始まっていたら、恐らく無罪だったのではないかと思う話だった。
男性は妻を憎んでいたわけではなく、死んでほしいとは全く思っていなかったのに
殺してほしいという強い願いにより、あるマンション最上階の踊り場に彼女を座らせた。
それにたどり着くまでの経緯がなんとも壮絶であり、殺してほしいという彼女の意思も彼に対する愛情として納得がいくものだった。
女性はマンションの踊り場から身を乗り出して、エビ反りになりながら
落としてほしいと言っていたらしい。そして、旦那さんは力尽きて手を離してしまった。
人生は掛け替えのない素晴らしいものだと思う。
それを実感するほど、他人の人生も同様に大切だという事も知る。
自分が死にたくなくても、愛する人のために死ななくてはと思う気持ちが起きて当然だ。
残り少ない命を愛する人に買ってもらうとしたら、精一杯安い値段をつけるだろう。
愛された人ほど、あまえられない、人の人生の邪魔はしたくないと考えると心が痛い。
最近、後期高齢者医療制度が話題になっている。
年金をもらっていない人からも保険料を徴収する制度というのは、
まだ若い自分から見ても人道的とは思えない制度だと思う。
まだ生きたいと願う人に、金がないなら諦めろと言っているようなもの。
老人の自殺は現実逃避という自己中心的な理由だけではないことを
あまり理解されていないのがとても残念だ。

