今日の昼食時に、なにやらデモらしき説明をしていたのでビラをもらってきた。
タイトルは「ご存知ですか?渋谷駅前の宮下公園がなくなろうとしています」と書いてあった。マーケティング思考の私にも興味をそそられるタイトルだ。簡単に説明するとナイキが公共施設の命名権(ネーミングライツ)を利用して、今秋頃からナイキパークへと名称変更する計画らしい。
年間1700万円ほどを渋谷区へ支払い、公園をスポーツ全般の施設へ改修して若者向けに大広告を展開するのが狙いなのだろう。渋谷区とナイキ側にとってはいい事尽くめ。まさにWinWinな関係?と言ったところなんでしょうが、ここにとんでもない不利益を被る人たちがいる。公園に住んでいるホームレスの人たちのこと。
実は田舎ではゴキブリとホームレスを見た事がありませんでした(並列して書くと誤解されそうだけど)。驚いたのは自分がそれに対する印象のことより、昔から東京に住んでいる方の反応が自分と正反対だったということ。昨年の冬に、近所の歩道橋の下でお年寄りの男性が毛布にくるまって寝ていた。健康な自分でも2時間も外にいたら風邪をひいてしまうような環境。
男性の反応からそれを見た誰一人として声をかけなかったのだろうか?という疑問が残った。こういう話をすると決まって「じゃ、君が助けてあげればいいんじゃないの」という話をされるのですが、誠意がないように聞こえたとしても、これは行政が対応すべき事だと思っている。
ニューヨークのジュリアーニ市長が応用して安全な街へと変化した「割れ窓理論」というのを知っていますか?
割れ窓理論:
「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」という考え方。
私はここ数年間ゴキブリは見ていませんが、ホームレスの住まいや人はほぼ毎日のように見かけています。
10年ほど前、前夜にシャッター横で寝ていたホームレスの方が、朝になって亡くなっていた現場を見た事もあり、ホームレスを見かけると無視を決めつつも罪悪感を感じます。それに、なんと表現したら良いかわからないですが、「ホームレスの人」っていう上から目線のような自分のいい方にも嫌悪感がないわけではありません。
弱者に対して行政が動かないので、その地域コミュニティで活動をしている良心的な団体がいくつもあります。もし皆が政治や社会的な事に興味があって、経済優先だけではなくマイノリティな人たちのことも配慮することができる心のゆとりがあれば、将来ホームレスという言葉自体が懐かしい響きになるだろうと期待しています。
それにしても、週末の予定を考えながらこんなことを書いているのでは全く説得力がないですね。
都合のいい事ばかり言って、行動に移さない。本当にダメ人間だなぁとつくづく思う。。