
自分だけが喜んでしまうようなマニアックなニュース。
「ICO(イコ)」「ワンダと巨像」の制作チームがPS3用のゲームを開発中との噂をつかんだ。嬉しいことに、新作は過去2作品と世界観が似ているものになるらしいのだ。
日本を代表するの2大RPGであるドラクエやFFシリーズをプレイして不満を覚えることがある。それは「やらされている感」があるということだ。イベントをクリアするための経験値稼ぎに総プレイ時間の半分以上を費やし、さらに攻略本や攻略サイトなしには、まともにクリアすらできないゲームも最近多いのではないかと思う。
本来ゲームと言うのは能動的なメディアだったはずなのだが、いつごろからかシナリオとかストーリーテリング中心の紙芝居のようなスタイルが定着してしまった。ストーリーを追う為に、何も考えずボタンを連打し、ザコモンスターを倒して経験値アップする作業を繰り返すのだ。おまけにサブストーリーをいくつも用意して作家性のかけらも感じられない。
そんな似たり寄ったりな日本のRPGの中で異色を放っていたゲームがあった。
「キングスフィールド」シリーズだ。このPRGは商業性を感じさせない作家性の高い作品だった。ゲームバランスも極悪といえるほどリアルな設定なので、ゲームが始まって1分ほどで即死した覚えがある。考えてみれば当たり前だが、モンスターというのは自分より圧倒的に強くないと怖くないのである。キングスフィールドの世界はそういう意味で現実的な強さだったので、モンスターが近くにいる効果音を聞いただけで「殺される!」というほどの恐怖心があった。また、360度見渡せる1人称視点の3Dダンジョンを探索できるというのも当時斬新なシステムだったし、不親切と感じるほど何の説明もない「突き放された世界観」が探究心に火をつけてくれた。個人的に、孤独と恐怖の仮想世界を体験した忘れられないゲームだ。
追記>15歳のお兄ちゃんがKING'S FIELDの凄さを語ってくれてました。君はエライぞ☆
http://www.youtube.com/watch?v=ZOwW0ixYjJY

2002年に発売されたICOにはRPGの定番ともいうべき数値パラメータがないばかりか、レベルゲージのようなものも存在しなかった。強くなるには、現実世界同様に自分のゲームスキルを上げるのみであり、魔法アクションもなければ、回復系アイテムすら存在しない。
武器は木の棒。BGMは風の音。
まるでどこかに存在するような自然な現実感がある。
これがユーザーの感性を刺激するギミックであり、「仮想の中の現実」という設定なのだ。
このように、仮想世界の中の現実性に配慮した作品は随所にこだわりが感じられ、ユーザーに多くを語らず、仮想体験を通して暗示的なメッセージを伝える事が多い。「ICO(イコ)」と「ワンダと巨像」もゲームの中で多くを語らず、ユーザーの想像力や潜在的好奇心を引き出すことによって、独特な世界観を理解させようとする工夫が随所になされている。
話が広がってしまうが、人の死が不幸だと定義すると、誰もが最後は不幸(不快な結末)に陥るということになるが、これらのゲーム体験からは物語がそれほど単純に結論づけられるものではなく、喜び、悲しみ、感謝などのいくつもの感情が入り交じるのだと理解できると思う。切なさを体感できる作家性の強いゲームだと思う。決して楽しいゲームではないが、やってよかったと必ず思えるのではないだろうか。
自分の言いたい事が沢山あって、何が言いたいんだかわからなくなってしまったが、
RPGの作品数が多い中、ユーザーの能動的体験を提供してくれるような理解のあるRPGクリエイターは本当に希少だ。ゲームの世界を旅しているような次回作の完成に期待したい。
ICOはこんなゲームです。
http://www.youtube.com/watch?v=YSXwreNIuYE
ワンダと巨像はこんなゲームです。
http://www.youtube.com/watch?v=r8t5gA9X42M

